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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2464号 判決 1975年9月05日

控訴人 名キン高速運輸株式会社

右代表者代表取締役 中原嘉隆

右訴訟代理人弁護士 米津稜威雄

同 田井純

同 増田修

同 小沢彰

同 長嶋憲一

同 麦田浩一郎

被控訴人 高育子

右法定代理人親権者父 高智賢

右訴訟代理人弁護士 田中英雄

主文

原判決中被控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、金四六四万三一一円及びこれに対する昭和四六年六月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人の被控訴人に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の請求にかかる分の三分の一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

この判決の第二項は、仮りに執行することができる。

事実

第一  控訴代理人は、「原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二  当事者双方の事実上の主張は、双方において次のとおり主張を補足したもののほかは、原判決事実摘示と同じ(ただし、次のとおり訂正を加える。)であるから、ここにこれを引用する。

一  原判決事実摘示の訂正

1  原判決二枚目裏二行目中「原告らの主張」とあるのを「被控訴人の主張」と改め、同五行目中「女子で、」とあるのを「女子である。」と改め、同行中「その父」から同六行目末尾までを削除する。

2  同六枚目表一一行目から同裏四行目までを全部削除する。

3  同六枚目裏五行目初字「六」を「五」、八行目初字「七」を「六」、同七枚目表三行目初字「八」を「七」、同行中「抗弁七、八」とあるのを「抗弁六、七」、同裏一一行目初字「九」を「八」、同行中「抗弁九」とあるのを「抗弁八」とそれぞれ改める。

4  同六枚目裏九行目中「原告ら」とあるのを「被控訴人」、一〇行目中「これら」とあるのを「これ」と改める。

5  同九枚目表六行目から同裏六行目までを全部削除する。

6  同裏七行目初字「六」を「五」、同一〇行目初字「七」を「六」、同一一枚目表八行目初字「八」を「七」、同裏八行目初字「九」を「八」とそれぞれ改める。

7  同一〇枚目表一一行目中「前から」とあるのを「右対向車線上で横断歩道の手前え附近で停車していた車両から」と改める。

8  同一一枚目表一一行目中「その割合は」の次に「被控訴人側において」を加える。

9  同一一枚目裏五行目から七行目までを削除する。

10  原判決事実摘示の全部にわたり(ただし、前記のように削除する部分はこれを削除したうえ)「原告」若しくは「原告育子」とあるのを「被控訴人」若しくは「被控訴人育子」、「被告」若しくは「被告車」とあるのを「控訴人」若しくは「控訴人車」とすべて読み替える。

二  控訴人の補足した主張

(一)  控訴人車の運転者地村勲には本件事故の発生につきなんらの過失がない。すなわち、

1 本件事故発生地点及び地村が控訴人車を運転して左折し、横断した横断歩道(以下単に本件横断歩道という。)附近の状況は、別紙図面(一)及び(二)記載のとおりであって、控訴人車が被控訴人と衝突した地点(別紙図面(二)記載の×の地点)は本件横断歩道の東側線から直線距離で六メートルへだてた地点であり、控訴人車が左折して進行した道路(明治通り)の北側歩道の南側から直線距離で六・八メートル、この道路のセンターラインから直線距離で一・五五メートルへだてた地点である。

本件事故発生当時右センターラインの南側車道(控訴人車の対向車線)には信号待ちのため車両が西方に向かい二列に連なって停車しており、そのうち南側歩道寄りの列の先頭の車はボンネットの部分の一部が本件横断歩道に乗り入れた状態で停車し、センターライン寄りの列の先頭の車(小型トラック)は車体の約半分が本件横断歩道に乗り入れた状態で停車していたが、このように本件横断歩道上に車体の一部を乗り出していた車両は、いずれも、横断歩道いっぱいにこれを塞いでいたのではなく、横断歩道を渡ろうとする者がその車両の前を通過してこれを渡る余地は十分にあった。従って、かような状況からすれば歩行者はこれらの停車車両の前を通るのが通常であって、これらの停車車両の後方を通ることは異例のことであり、いわんや本件横断歩道の東側から六メートルも東方に離れた地点で右明治通りを横切ろうとする歩行者があろうとは、普通考えられないところであった(被控訴人が本件横断歩道の東側線から六メートル東方の地点で右道路を横断しようとしたことは前記の衝突地点からこれを推測することができる。)。

ところで、被控訴人は訴外高橋文子及びその妹らと連れだって明治通り南側歩道附近まで歩行してきたところ、高橋及びその妹らは別紙図面(一)記載の「工事中」と表示している箇所(同道路の車道内にある。)附近から右道路を斜めに横切って本件横断歩道に入り、この歩道上を歩行して北側歩道まで横断したのであったが、被控訴人は連れ立って歩いていた高橋らから一人だけ遅れたため、近廻りをして高橋らに追い付こうとして、本件横断歩道上を通行することができるのにこれをしようとせず、前記のような停車車両の間を縫うようにして別紙図面(一)及び(二)記載のの地点に出、ついでこの地点から控訴人車の進路へ飛び出したのであり、これらのことは、本件衝突事故の発生したときにおける本件横断歩道及びその附近の停車車両の状況、別紙図面(一)及び(二)記載の本件衝突地点及びその他原審並びに当審における取り調べずみの各証拠に照らして明らかである。

2 控訴人車の運転者訴外地村は日光街道を千住方面から南進して本件交差点(別紙図面(一)及び(二)記載の大関横丁交差点、以下単に本件交差点という。)に至り青信号を待って発進して左折し、本件横断歩道上の横断者をやり過した後本件横断歩道に進入したところ、控訴人車の運転席が本件横断歩道を通過し終るかどうかという地点で、別紙図面(一)及び(二)記載のの地点から被控訴人が控訴人車の進行方向の前方に飛び出してきたのを発見した。運転者地村が被控訴人を発見したときの同人の位置は、右の地点の手前え三・八メートルの地点(別紙図面(一)及び(二)記載の①点)であり、この①の地点から、被控訴人が控訴人車の前部と衝突した地点までは三・四メートルをへだてるに過ぎない。そうして、控訴人車は前記のように本件交差点の手前えで一旦停止した後発進して左折を開始し、本件横断歩道上の歩行者をすべてやり過した後加速し始めた直後に被控訴人と衝突したのであったから、控訴人車の進行速度は本件事故時においてはせいぜい時速一五ないし二〇キロメートル程度のものであったと思われる。この速度の点は、本件横断歩道及びその東側道路面に印せられた控訴人車のスリップ痕、控訴人車に備え付けられていたタコメーターの記録によってもこれを裏づけることができる。

3 一般に車両は横断歩道の直前においては徐行又は一時停止しなければならず、また横断歩道の直前三〇メートルの部分では追い抜きを禁止されている(道路交通法三八条)が、横断歩道の通過後においてはこのような義務は課されていない。従って、車両は横断歩道通過後においては加速して進行するのが一般である。他方、歩行者は道路を横断しようとするときは、横断歩道がある場合には横断歩道を横断しなければならないとされている(道交法一二条一項)が、仮りに横断歩道外で道路を横断するのもやむを得ないとされる客観的事情がある場合でも、横断歩道の直後横断は、横断歩道の直前横断に比して危険性が極めて高いから厳にこれを避けなければならない(なお本件の場合は、横断歩道を離れること六メートルの地点を被控訴人が横断しようとしたのであったから、横断歩道の直近を横断しようとしたものというべき場合ではなく、従って、歩行者がかような地点の道路横断をすることを避けるべきことは右の場合に比べて一層要請されるものといわなければならない。)。

4 以上のように、本件事故は、被控訴人が横断歩道の直後とすらいえない、これから六メートルも離れた地点から近廻りをしようとして不用意に飛び出したことにより惹起されたものであって、運転者地村には過失をもって責められるべき何物もないというべきである。そうして、控訴人車には構造上機能上なんらの欠陥、障害もない。従って、控訴人は、自動車損害賠償保障法第三条但書により、同条の保有者責任を負わない。

(二)  仮りに、運転者地村になんらかの過失があるとしても、本件事故は被控訴人の横断歩道外における無謀な飛び出し横断に主として起因するものであって、本件事故による損害についての過失相殺においては、被控訴人側が八割ないし九割程度を負担しなければならない。

(1) けだし、過失相殺は、発生した損害の公平な分担という見地から加害者、被害者の負担すべき妥当な損害額を定めるための調整的機能を有する制度であるから、その分担の割合を判定するにあたっては、加害者、被害者双方の事故に対する寄与の度合ないし過失割合を第一に考慮すべきものであり、被害者の過失の程度、割合を定めるについては、被害者の主観的な能力の有無を問うべきではなく、被害者の行動自体から客観的、定型的に判定すべきである。換言すれば、被害者の責任能力、事理弁識能力等主観的要素を考慮することなく、専ら行為の外形から事故発生に有因的に作用している度合を客観的に判断すべきである。そうして、前記のような横断歩道外の地点から控訴人車の進行方向に飛び出した被控訴人の行為は、これを外形上、客観的に見れば極めて無謀な行動であり、危険極まりのないものといわなければならない。

(2) 控訴人車の運転者地村は、控訴人車が本件横断歩道に差しかかったときには、歩行者が信号に従い本件横断歩道を横断し、又は横断しようとしていた状況ではなく、本件横断歩道上の歩行者の一団がそれぞれ南北に分かれて横断を終り、若しくは横断をし終ろうとしていた状況であったから、歩行者が横断歩道外で、その直近を横断することが予想されるような状態ではなかったということができる。しかも、本件横断歩道は車道部分の片側が八・三五メートルあり、交通量の多い大通りであって、被控訴人が飛び出した地点は本件横断歩道の東側線から離れること六メートルの地点であって、かような地点から横断者が飛び出すであろうとは予想もできない状況にあった。

(3) 以上(1)(2)の点から考えれば、地村に過失があるとしても、これは極めて微々たるものであるのに反し、被控訴人の過失は極めて大きいと考えるべきであって、その割合は、地村において一ないし二割、被控訴人において八ないし九割とさるべきである。

(三)  被控訴人の逸失利益の算定について

(1) 労働能力の喪失度を評価算定するにあたっては、いわゆる労働能力喪失率表(昭和三二年七月二日付労基発五五一号労働省労働基準局長発、各都道府県労働基準局長宛通牒「労災保険法第二〇条の規定の解釈について」所収)を単純、機械的に適用すべきものではない。

すなわち、右表の労働能力喪失率は、労災保険法上労働者の死亡した場合の遺族補償の額が平均賃金の一〇〇〇日分と定められていることから、これを同法施行令所定の障害等級一級から三級までを一〇〇%(これらの補償額はいずれも平均賃金の一〇〇〇日を上廻っている。)、それ以下の各等級については、その各等級の平均賃金の支給日数(補償日数)の数字をそのままパーセントで表示したものであるに過ぎない。そうして、この補償日数がどのようにして定められたかは、障害等級一級についてみれば、平均賃金の三分の二、すなわち一年の総労働日の三分の二を六年間年利三分の複利で補助を行うべきものとし、その結果計算上一級の補償日数が一三四〇日分と定められたのである。かように、右障害等級表所定の補償日数は、本来労働能力の喪失率となんらのかかわりあいもないといわなければならない。

仮りに、右労働能力喪失率表に依拠することはやむを得ないとしても、この表は、内容的に肉体労働者の労働能力の喪失度の評価を主たる目的として算出、作成されているものであって、この表を精神労働者に適用するにあたっては修正の上適用されなければならないし、また外貌の醜状等について同表が高い労働能力の喪失率を計上しているが、これはほんらい労働能力に影響するところが少ないはずのものであるから、これをそのまま適用することは合理的でない。

従って、労働能力喪失表所定の喪失率をそのまま機械的に適用することは差し控えるべきであって、被害者の後遺症の具体的事情に照らして、適宜これに修正を加えて適用するか、または同表を適用せずに他の科学的資料を用いて具体的に労働能力の喪失を評価、判定しなければならない。

(2) 被控訴人の後遺障害は、自賠責保険について、左手の五の手指の用を癈し、左手の手関節の用を癈したもので、合併症六級相当と認定され、更に、腹部の醜状、瘢痕につき、女子の外貌に醜状を残すものとして一二級該当とされ、結局併合等級自賠第五級と認定された。

しかし、右後遺障害のうち、外貌の醜状は労働能力の喪失とは無関係のものであるから、労働能力の喪失として評価すべきものは前者の合併症六級相当のもののみであり、これを基準として被控訴人の労働能力喪失による逸失利益を算定するのが合理的である。

しかも、被控訴人は本件事故当時満六才であって、就労可能の満二〇才に至るまでには多年の訓練期間があり、この期間中に被害を免れた右手のみによる就労能力は十分身につけられるはずであるから、右後遺障害による労働能力の喪失は極めて少いといえるのみならず、将来事務職につくとすれば、右手のみでも優にその職務にたえられるはずであって、そうとすれば、この場合には労働能力の喪失はまったくないと認められるべきである。

二  被控訴人の補足した主張

(一)(1)  被控訴人は本件横断歩道の東側線より東方へ六メートルへだてた地点から道路を横断しようとしたが、これには次のような事情がある。すなわち、本件事故発生の直前ころ控訴人車の反対側車線(被控訴人がまず横断しようとした車線側)には二列に車両が接続して停車し、このうち先頭に近い車両は車体の一部を本件横断歩道にかけて停止していた。そうして、自動車の車体の長さは、普通乗用者で約五メートル、貨物自動車で五メートルないし一五メートルであるところ、被控訴人は明治通りの南側歩道に沿ってなされていた車道の工事箇所のうち、別紙図面(一)中8.6と記載のある箇所附近まで高橋久子らと連れ立って歩いて来た。この地点から本件横断歩道上の停車車両を見れば、本件横断歩道にかかって停車していた車両の前を通行する余地が現実にあったかどうかにかかわりなく、被控訴人としては本件横断歩道が車両で塞がれて通行しえないものと判断したものと優に推測できるのであり、右のような車両の停止状況からすれば被控訴人がかように考えても無理からぬことといわなければならない。被控訴人がかように判断したうえで、本件横断歩道に進入して停車していた車両に接して停車していた車両のすぐ後ろを通って別紙図面(一)及び(二)記載のの地点に到達したのであるが、車体の長さが前記のとおりであることからすれば、右の地点が本件横断歩道の東側線から東方へ六メートルへだてた地点であったことは、被控訴人としてはやむを得ない行動であったといわなければならない。

(2)  道交法三八条は、決して横断歩道の通過後における車両の注意義務を免除したわけではなく、車両運転者は横断歩道の通過後においても一般的に要請される前方注視義務、安全運転義務を免れるものでないことはいうまでもない。のみならず、今日の大都市においては、しばしば、交通渋滞により横断歩道が本来の機能を果しえない場合があることから考えれば、かかる場合には、「横断歩道」を道交法にいう横断歩道に限定して解するのは妥当ではなく、横断歩道の前後一〇メートルの幅員の部分は、道交法上の横断歩道と同視して同法三八条に準ずる注意義務を運転者に課すのが民事責任の領域では合理的であり、殊に、控訴人車は、被控訴人と衝突した際には車体の後部が横断歩道にかかっていたのであるから、本件事故は控訴人車が横断歩道を通過した後に発生したものでないことは明白である。

ところで、控訴人車は本件事故の直前急制動をかけたが、そのスリップ痕は車重八・九五トンもある重量車両であるのに左後輪で三・七メートル、右後輪で四・〇メートルもあり、控訴人車備付けのタコメーターによれば午前一二時の時点で時速二五キロないし三〇キロメートルが記録されているのであって、これらに運転者地村の供述をあわせれば、控訴人車は本件交差点を左折後少くとも時速二五キロメートルで本件横断歩道を通過したことが明白である。かような状況から考えれば、運転者地村は左折に際して対向車線上の車両の渋滞と本件横断歩道上に車両が停車していることを知りながら、先発の車両が横断したのに気を許して漫然変速器をセコンドからサードに移して加速し本件事故を惹起したものであって、同人の過失は重大である。

(3)  控訴人は、被控訴人の過失は外形上客観的に判断して事故発生に対する寄与度を判定すべきであると主張するが、等しく交差点における運転者の注意義務を判定するにあたっても、交差点の交通状況、時間、地形、地域等の環境によりその注意義務は具体的に異なるものとしなければ不合理である。たとえば、学校、幼稚園等の近くとそれ以外の交差点とでは、運転者の注意義務は、前者の場合がその範囲において、主観的・客観的両面にわたって広いというべきである。してみれば、逆の意味において、被害者の主観的能力を無視することは不合理というべきである。そればかりではなく、交通渋滞により横断歩道が本来の機能を果しえない場合に、歩行者の側に注意義務の範囲を広げることは相当でなく、むしろ、歩行阻害者の側にこそ注意義務を加重するのが相当である。

(4)  右掲記の諸事情からすれば、被控訴人と運転者地村の過失の割合は、原判決の説示のように被控訴人において一、地村において九と認めるのが相当である。

(二)  控訴人の逸失利益の算定に関する主張は争う。

第三  証拠≪省略≫

理由

一  控訴会社従業員地村勲が昭和四四年八月一三日午前一一時四五分ころ控訴会社所有の控訴人車(大型貨物自動車三河一あ二四一八)を運転して国道四号線(通称日光街道)を千住方面(北方)から上野方面(南方)に向けて進行し、台東区三の輪二丁目一四番地七号先の交差点(本件交差点)を左折し、右国道と交差する明治通りを浅草方面(東方)に向って進行し始めたこと、被控訴人はそのころ明治通りを南方から北方に向けて横断中控訴人車の車両前部で激突され、傷害を被むったこと(以下、本件事故という。)、控訴会社は貨物運送業を営む会社であり、控訴人車の運行供用者であることは、当事者間に争いがない。

二  控訴人は、本件事故につき、控訴人及び運転者地村に過失がなく、かつ控訴人車に構造上の欠陥又は機能障害がなかったから、本件事故による損害について賠償の責任を負わない旨主張するので、まず本件事故がどのような原因に基づいて発生したかにつき判断する。

本件事故当時における本件交差点及びここで交差する道路の位置関係並びに各道路の幅員、明治通りの車道南側において道路工事がなされていた状況、本件横断歩道の位置、幅員及び本件交差点において信号機の設置されていたこと、事故の直前ころにおける明治通りの本件交差点東側の西行車線上における車両の停止及びその配列に関する状況、事故の直前ころから事故の発生に至るまでの控訴人車の進行する状況及び被控訴人が歩行して本件事故地点において控訴人車と衝突するに至るまでのいきさつに関する事実についての認定判断は、次に附加、訂正するもののほか、この点に関する原判決の理由の説示と同じであるから、これを引用する(原判決一三枚目表五行目から同一五枚目表一行目まで)。

(一)1  原判決一三枚目表六行目中「右争いのない事実」とあるのを「前記一掲記の争いのない事実」と訂正し、同六行目の末字「証」から八行目末字までを「原審及び当審証人小島夏生、原審証人高橋文子、同地村勲及び当審証人佐藤広章の各証言によれば、次の事実を認めることができる。右地村証言及び当審証人地村保の証言中この認定に牴触する部分は措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。」と改める。

2  同一三枚目裏六行目中「横断歩道がある」とあるのを「本件横断歩道がある(本件交差点及び以上の各道路、本件横断歩道の位置関係、信号機の設置箇所、車道工事の施工箇所の位置関係は、別紙図面(一)記載のとおりである。)。」と改める。

同裏九行目中「交差点に進入し、」の次に「明治通りへ」を加える。

3  同一四枚目表五行目から六行目にかけて「トラックでその前半、その左側は」とあるのを「小型貨物自動車であって、本件横断歩道の西側線との間に人(大人)ひとりが通れる程度の間隔を残す程度に横断歩道内に進入して停車し、その南側は」と改め、同表七行目から九行目にかけての括弧書き部分を削除する。

4  同表一〇行目初字「る」の次に「前記のように控訴人車が青信号を待って発進して交差点に進入し、左折し始めたころ、」を加え、同裏一行目中「被告車の進路あたり」以下同三行目中「通り過ぎたとみて、」までを次のとおり改める。

「控訴人車の進路にあたる箇所を通過した。控訴人車は本件交差点を明治通りへ左折する車両の先頭車であったが、運転者地村は、交差点を左折し本件横断歩道に差しかかった際本件横断歩道若しくはその直近を横断している歩行者の右のような横断の状況を見て、本件横断歩道を歩行する者は、すべて横断しおわり、その他に控訴人車の進路を遮る横断歩行者は現われないと考えて、」と改め、同裏五行目中「進行し、」とあるのを「進行した。」と改め、同行中「被告車運転者地村」とあるのを「同人」と改める。

5  同一四枚目裏七行目中「センターライン附近」の次に「別紙図面(一)記載の点)」を加える。

6  同裏一一行目中「右上肢」とあるのを「左上肢」と訂正する。

(二)  当裁判所の附加する判断

1  ≪証拠省略≫をあわせれば、次の事実を認めることができ、この認定を妨げるに足りる証拠はない。

(イ) 被控訴人は、被控訴人の友人、その姉及び高橋文子らの三人と連れだって明治通り南側歩道に至り、ついで同道路を横断しようとして、右の四人とも同道路の車道南側の工事中の箇所のうち本件横断歩道に寄った西側の箇所(別紙図面(一)の「工事中」と記載のある部分のうちほぼ「8.6」と表示のある箇所にあたる)に立ち入った。そうして、被控訴人を除きその他の三名(右掲記の高橋ら)は、この箇所から斜めに進んで本件横断歩道に入り、本件横断歩道にかかって停車していた車両(さきに引用した原判決理由2掲記の車両)二台の前を通り、反対側の北側歩道まで一緒に横断した。

(ロ) 被控訴人はなんらかの事情により高橋らから立ち遅れて高橋らとともに行動することができなかった。そうして、それまで立っていた前記の箇所(別紙図面(一)の「工事中」と記載のある部分のうちほぼ「8.6」と表示のある箇所)から、すぐ目の前にボンネット部分の一部を本件横断歩道にかけて停車していた車両の後部を通り抜け、ついでその北側に停車していた車両、すなわち前記小型貨物自動車に接着して停車していた後続車の後部を通って明治通りセンターライン附近(同図面記載のの地点)に現われ、そこから北側歩道に到達しようとして、小走りに北方へ直進しようとした際、本件交差点を左折して本件横断歩道に進み、加速して直進してきた控訴人車の前部と接触した。

(ハ) 控訴人車運転者の地村は、交差点を左折して本件横断歩道に差しかかる際、明治通りの西行車線に二列につらなって信号待ちの車両が停車していること、そのうち先頭の二両は本件横断歩道を越えて交差点内に停車しており、これに続く二両は、前記のような状態で本件横断歩道に進入して停車していることを現認していた。

以上の事実を認めることができる。

2  控訴人は運転者地村は、交差点を左折して本件横断歩道に進入した後、時速二〇キロメートルで進行したと主張するが、≪証拠省略≫によれば、同人は、前記高橋らの一団の歩行・横断者の通過後本件横断歩道へ進入し、サードギヤーに変速するとともにアクセルを踏んで加速したことが認められ、≪証拠省略≫によれば、別紙図面(二)記載のとおり、本件横断歩道の東側線にまたがって、右後輪による長さ四メートルの二条のスリップ痕、左後輪による長さ三・七メートルの二条のスリップ痕が路面に印せられていることが認められるのであって、これらの事実に≪証拠省略≫をあわせればさきに引用した原判決認定のとおり、控訴人車は本件横断歩道に進入後加速して、時速二五キロメートルで明治通りを東進し、前記点附近に差しかかったと認めることができる。成立に争いのない乙第二九号証(タコメーター)は、≪証拠省略≫によれば、本件事故時において控訴人車に備え付けられていたものであることが認められ、これには走行距離と速度とが記録されていることが明らかであるが、これをし細に検討しても本件事故時における控訴人車の進行速度が控訴人主張のとおりのものであることが記録されているものと認めることができない。

三  以上のように訂正して引用した原判決認定事実及び当裁判所の附加した認定事実に基づいて、控訴人車運転者地村の過失の有無につき考える。

道交法は、第三八条において、「車両等は、歩行者が横断歩道により道路……を横断し、又は横断しようとしているときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない」旨を、第三八条の二において、「車両等は交差点又はその直近で横断歩道の設けられていない場所において歩行者が道路を横断しようとしているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない」旨を定めているところ、交差点に横断歩道が設けられている場合においても、車両等が横断歩道に進入して停止している等の事情のため、横断歩道の全部若しくは大部分が塞がれ、歩行者が横断歩道上を通行することが不可能であるか若しくは多数の歩行者が信号の変わらない間に横断歩道内を安全迅速に通行、横断することが事実上困難な場合、換言すれば、横断歩道が本来の正常な機能を果し得ていない場合は、いわば、横断歩道がないに等しいか若しくはこれに近い事情にあるものと考えることができるのであって、かような状況の下では、信号がなお青であるかぎり、歩行者が横断歩道外の、その附近を通行することは、やむを得ないこと若しくは強いてとがめられないことというべきである。他面、青信号により交差点を左折してかような状況下にある横断歩道を通過しようとする車両の運転者は、横断歩道附近の、反対車線上につらなって停車している車両の間等から信号に従い横断しようとする歩行者が現われることのあり得ることは容易に予想し得るところである。しかも、歩行者は、横断歩道が本来の機能を果し得ていないことにつき本来責任がないのに、このため横断にあたっていっそう大きい危険にさらされることとなることから考えれば、かような歩行者の安全横断を確保するために、車両の運転者の側にいっそう大きい注意義務を要求することが公平にかない、前記各法条の精神にもそうゆえんである。これらの諸点から考えれば、青信号により交差点を左折して右のような状況下にある横断歩道を通過しようとする車両の運転者は、信号に従い横断歩道外の、その附近を通行、横断しようとしている歩行者に対する関係においても、前記各法条の想定する場合に準じて、歩行者優先の見地の下に、かような歩行者が安全に通行、横断ができるよう注意を払う義務があるものと解するのが相当である。

この見地から考えるに、前認定の事実によれば、控訴人車が青信号により左折して本件横断歩道に差しかかった際、幅員約三・七メートルの本件横断歩道中通行可能の部分は人ひとりが通過できる程度の間隔に過ぎなかったこと、横断歩道上に停車するような車両が信号の変わるのを待たず前車との間隔をつめるためにさらに前進しないとは保しがたいこと、歩行者が横断にかかろうとした位置いかんによっては前記のような間隔があることすらこれを的確に認識することが困難な場合もありうることなどから考えれば、当時、本件横断歩道は、正常な、本来の機能を果し得ていなかったものと認められ、控訴人車の運転者地村としても、このことを認識していたか若しくは少くともこれを認識し得べき事情にあったものと認められる。従って、地村としては、前記通行可能の部分附近を通過した歩行者の一団が自車の前方を通過した後においても、横断歩道附近の、反対車線上につらなって停車する車両の間等から信号に従い(当時信号がなお南北青を示していたことは、本判決において引用する原判決の認定するとおりである。)横断しようとする歩行者が現われるかもしれないことを考慮にいれて前方注意義務を尽すとともに、かような歩行者が現われる場合に備えて、何時でも停車できるような速度で進行する注意義務があったものというべきである。しかるに、地村は、本件横断歩道に差しかかった際、前記通行可能の部分附近を通過した一団の歩行者が自車の前方を通り過ぎたところから、もはや、信号に従い横断歩道附近を通行、横断しようとする歩行者が現われることはないものと速断し前方注意義務をおろそかにするとともに、不用意に加速し前記の速度で進行した結果、反対車線上につらなって停車する車両の最初の(横断歩道の東側において)きれ目から現われた被控訴人を避けきれず、本件事故を惹起するに至ったものであって、同人には、前記のような状況下において車両の運転者に要求される歩行者優先の見地に基づく注意義務を怠った点において、少なからぬ過失があったものというべきである。

控訴人は、横断歩道の直後横断は危険性が極めて高く厳に慎まるべきものであるうえに、本件事故は、被控訴人が近廻りをしようとして横断歩道から六メートルも離れた地点から突然飛び出したことによって惹起されたものであるから、地村には過失はなかったと主張する。

しかし、前認定の事実によれば、被控訴人が控訴人車の前方に現われた前記の点は、横断歩道の東側線から六メートル程度離れた地点であり、反対車線上につらなって停車する車両の列(センターライン寄りの)の最初の切れ目にあたること、≪証拠省略≫によれば、控訴人車の車体は全長は一〇、七五メートルであるから、同車が横断歩道から六メートル離れた点附近に差しかかった際には、車体の半分近くがなお横断歩道上にあったと認められること、当時信号はなお南北青を示していたこと、などから考えれば、右点は、前認定のような状況下にある横断歩道を通過しようとする車両の運転者が、信号に従い道路を横断しようとする歩行者が現われることのあり得べきことを予期すべき横断歩道附近の地点と解するに妨げがない。従って、控訴人車がこの地点に差しかかった時点においては、地村は、なお歩行、横断者優先の見地に基づく前記の注意義務から解放されていなかったものと認めるのが相当である。そうして、被控訴人が前記のような経路で点から道路の北側車線を横断しようとしたのは、本件横断歩道が本来の、正常な機能を果し得ているにかかわらず、ことさらに横断歩道上を通らず近廻りをしようとしたことによるものではなく(なお、被控訴人が点から斜めに東方に向って横断しようとしていた形跡は、証拠上うかがうことができない。)主として、横断歩道が本来の機能を果し得ていなかったことによるものと認めらるべきものであるから、控訴人の右主張のような理由によって、地村にまったく過失がなかったとすることのできないこというまでもないところであり、かえって、同人の過失を過少評価することの許されないことは前述のとおりである。

以上のとおり、控訴人車の運転者地村に過失があったことは明らかであるから、控訴人は、控訴人車の運行供用者として自賠法第三条本文により、被控訴人の被った損害を賠償する義務があるものといわねばならない。

四  次に被控訴人の過失の有無及び過失相殺の程度について考える。

被控訴人が本件事故当時満六才に達していたことは、≪証拠省略≫により明らかであるから、車両等の交通のはげしい幹線道路において不用意な行動を避けて危険から身を守るだけの弁識能力をそなえていたものと認められるところ、この年令を考慮しても、被控訴人の横断行動には、いささか慎重を欠く点がなかったとはいい得ないこと、とくに前記点から道路の北側車線を横断しようとするに際し、左方(西方)から車両が接近していないかどうかを確認せず不用意に小走りに横断をしようとした点において、被控訴人の側にも、ある程度の過失があったことは否定できないところである。しかし、前述のように、前認定のような状況の下では、基本において、控訴人車の運転者地村の側に、被控訴人の安全横断を妨げないようにしなければならない注意義務があり、地村がこの注意義務を遵守していたとすれば、前記点に控訴人のような小児が現われたことを直ちに発見し得たはずであること、自車の前方に小児の現われたのを発見した車両の運転者としては、小児のような注意力の不十分な者が不用意な行動をとるかも知れないことをも考慮にいれて、それ相応の注意を払うべきものであること、そうしてこれらの注意義務を尽したとすれば本件事故は避けることができたはずのものであるから、被控訴人側の過失を過大評価することは相当でなく、前記一切の事情をしんしゃくすれば、双方の過失の割合は、控訴人側8、被控訴人側2と認めるのが相当である。

なお、控訴人は、過失相殺における過失割合は、被害者の責任能力、事理弁識能力等の主観的要素を考慮することなく、被害者の行為の外形から事故発生に有因的に作用している度合を客観的に考察してこれを量定すべきものであると主張するが、一般論はともかく、本件の場合においては、すでにくりかえし述べたような理由により、双方の過失の割合を前記のように量定すべきことは、動かしがたいところである。

五  進んで、本件事故により被控訴人の被った傷害及び損害額につき判断する。

(一)  当裁判所も被控訴人の被った傷害(後遺傷害を含む。)の程度に関する事実、逸失利益、入院諸雑費の数額及び慰藉料の額について原判決と同様に判断するものであり、その理由は、次に訂正、附加するもののほかは、この点に関する原判決理由の説示と同じであるからこれを引用する(原判決一七枚目表九行目から同二一枚目表六行目まで)。

1  原判決一七枚目表九行目中「甲第二ないし第六号証」とあるのを「甲第一ないし第四号証、第五号証」、原本の存在並びに成立に争いのない同第五号証、被控訴人主張のとおりの写真であることは当事者間に争いのない同第四号証」と改め、同行から同一〇行目にかけての括弧書き部分を削除し、同一〇行目中「原告智賢、同仁淑」とあるのを「高智賢、朴仁淑」と改める。

2  同二〇枚目裏七行目中「本判決までは」とあるのを「第一審判決言渡の日すなわち昭和四七年一〇月二日までは」と改める。

3  控訴人は被控訴人の逸失利益の算定につき右に引用した労働省労働基準局長通牒による労働能力喪失率表をそのまま適用するのは不当であると主張するが、傷害を被むる前に得ていた賃金と傷害後の賃金とを比較してその差額を算定できる等労働能力の喪失により被った損害の算定が明らかな場合にはこの差額を求めれば足りるのであるが、その差額の算定が困難若しくは不能(本件のように小児の場合にはこの差額の算定は不能である。)であるときは、さきに引用した原判決の説示のように一応合理性の認められる右掲記の労働能力喪失率表に準拠して、労働能力の喪失により被った損害を算定するのもやむを得ないところであって、控訴人において、いっそう合理的な基準があることにつきなんら具体的に主張立証をしていない本件においては、原判決説示のような理由で、右労働能力喪失表に準拠して、労働能力喪失に基づく逸失利益を算定することをもって、不合理な、経験則に反する認定ということはできない。

また、控訴人は、逸失利益の算定につき生活費の二分の一を控除すべきである旨主張するが、被害者が労働能力喪失にかかわらず生存しているときは、被害者が事故により死亡した場合とは事情を異にし、従前どおり生活費を要することに変わりはないわけであるから逸失利益の算定にあたって生活費の全部若しくは一部を控除すべきものとすることは不合理である。従って、控訴人の右主張は採用しがたい。

六  以上のとおりであるから、被控訴人の被った損害額は、本判決の引用する原判決理由三の(一)ないし(三)の金額と原判決事実摘示欄「第三被告の主張」九(本判決による訂正後の八。以下同じ。)の1の金額(当事者間に争いのないところである。)との合計額金一、〇八八万四、六一二円となるところ、そのうち控訴人において負担すべき額は、その八割に当たる金八七〇万七、六八九円(円以下切り捨て)である。従って、控訴人は、被控訴人に対し、右金額より、当事者間に争いのない既往の損害填補済み額金四〇六万七、三七八円(前記「被告の主張」九の1、2の合計額)を控除した残額金四六四万三一一円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年六月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払う義務がある。

七  してみると、原判決中右の限度を越えて被控訴人の請求を認容した部分は失当であるから、原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第九六条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石健三 裁判官 間中彦次 裁判官川上泉は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 白石健三)

<以下省略>

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